SARSのとき02〜「渡航自粛」という言葉に翻弄される

当時のアルバイト先は留学センター。日本の日本語学校への留学申請のサポートをする仕事だ。SARSが流行り始めて数ヶ月後、秋の入学シーズンを迎えた。そこに日本政府からの「渡航自粛」勧告が出た。

日本語学校は春と秋に入学式を行う。海外では夏休み前に卒業式を迎えるところが多いから、それに合わせて秋入学を設定しているのだろう。
台湾も6月が卒業シーズンだ。秋入学を予定していた学生たちの受け入れで問題が起こった。

「自粛」という日本語は非常に訳しづらい。
「自主的に積極的な態度で遠慮する」ということになろうけれども、「遠慮」という言葉も曲者だ。
私の目には、日本政府は「自粛」という言葉を使って全ての責任を丸投げしたと映った。
学生にしてみたら、入学金も学費も振り込み済みで、就学許可証も出ているのに、渡日したものかどうか判断ができない状態になった。

日本語学校にしてみてもそうだ。受け入れてあげたいのだけれど、もしものときの責任が取りきれない。
学校によっては、渡航2週間前からの体温測定を義務付けたり、日本入国後に2週間だけ隔離生活ができる場所を確保したりした。
潜伏期間が2週間と言われていたので、2週間発熱しないことが非感染者の一つの判断の目安になっていた。
学校側の対応もまちまちだった。なんの対策も講じない学校ももちろんあった。滞在場所の確保なんてもともと要らない支出だし、政府からなんらかの指針が打ち出されたわけでもないから、どういう対策が正解なのかもわからなかった。

ある学生からこう質問されて回答に窮した。
「仕事の出張は問題なく行けるのに、なんで私たち留学生は日本入国を制限されなくちゃならないの?」
実は、日本政府は入国の制限をしていない。だから逆にタチが悪かった。
いっそ「該当地域の住人の不急の日本入国を禁ずる」とかなんとか言ってくれたら、日本に行きたいみんなが制限されることになるからすごく平等な感じがするし、「みんな困ってるんだ。しかたないんだ」ってなったと思う。
出張はOK、観光もOK、でも日本語学校の学生だけが日本に行けない。矛盾した状態が続いた。
腹が立ったから当時の首相、小泉さんにメールした。くどくどと現状を訴えた。

政府の新しい試みとして初めてオフィシャルホームページを開設した頃だった。
「みなさまの声をお寄せください」のページから「対策を打つための指針を示せ」とダメ出しした。
返信は期待してなかったけれど、果たして全くの梨のつぶてだった。
ちゃんと、匿名じゃなく実名で、連絡先も勤務先も明記したんだけどな。

日本語は語尾をぼかす言い方をする。質問するときは特に。曖昧をよしとする言語だ。
言語の土台には文化がある。曖昧をよしとする文化ということだ。
中国語の文法は「你要不要〜〜?」と、のっけから白黒はっきりさせようとする。容赦がない。英語もほぼ同じだ。
このときは、日本人がいかに曖昧かを痛感した。

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日本語:容赦がない
中国語:不饒人(ㄅㄨˋㄖㄠˊㄖㄣˊ)


 

Last Updated on 2021年7月22日 by