運転免許証と事故の話
2008年から日本の運転免許が台湾でも通用することになった。
無試験で同等の車両の運転ができるようになったのだ。
(※2021/7/7追記:取得の条件についてはこちらが詳しいです→
日本の運転免許保有者が台湾において車両を運転するための制度|日本台湾交流協会)
それまでは台湾と日本とで免許証の互換性がなかったので、台湾で合法的にスクーターに乗るためには免許証を新たに取得する必要があった。
2002年に私はスクーターの免許証を取得した。
最寄りの「監理所」へ出向き、申請 → 筆記試験 → 実地試験をこなして、合格すれば当日中に免許証が発行される。
現地人は座学や実習などには通わずぶっつけ本番で挑むのが一般的だと言われたので私もそれに倣った。
とはいえ、筆記試験の対策本を友人に借りて少し予習した。
日本と同じで引っ掛け問題が多い印象だった。
試験問題は中国語のほかに日本語版もあるようだった。私は頑張って中国語で受けたが、同じ時期に友人が日本語版にトライしたそうで、彼曰く、翻訳文が少し怪しい上に引っ掛け要素がプラスされて、訳がわからなくなってしまった問題文がいくつかあったそうだ。
実地試験で使用するスクーターは監理所のものを使用しても、持ち込みのものを使用してもよかった。「監理所のスクーターはいろんな人が使ってるから、変なクセがついてないとも限らない」と言われて彼氏のスクーターを使わせてもらった。
私は日本の普通自動車免許と中型自動二輪免許を持っている。
日本では元体育会系の体力に物を言わせてあちこちに走りに出かけた。
台湾で免許試験に一発で合格できたのは、日本での経験が大きいと言える。
日本の観光地を知り尽くしている台湾人とも「行ったことある?」「行ったことある!」と盛り上がれたのですごく良かったと思う。
無事試験に合格した私は、中古のスクーターを購入して通学の足として使うようになった。
いずれ四輪車の免許証が必要になる日もくるかもと思っていたところ、日本の免許証の切り替えが可能になったというニュースを聞いた。
さっそく切り替えにいった。台湾でも汽車と重型摩托車(500cc以下)を合法的に運転できるようになった。
子供が生まれてからは、スクーターで幼稚園の送り迎えをするようになった。
ある日の朝、大通りを横切る際に、若いにいちゃんが乗るスクーターに横っ腹に激突された。
詳しい状況説明は割愛するが、ざっくりいうと相手の見切り発車と前方不注意が原因だった。私の方は「かもしれない運転」を愚直に実行していたのが功を奏して、私も子供も擦過で血が滲む程度の怪我で済んだ。
幼稚園の目と鼻の先の交差点での出来事だったので、気づくとママさん達が大勢駆けつけてくれていて、いろいろと助けてくれた。
最寄りの警察署で調書を取った。
若いにいちゃんは無免許運転だった。
免許がないということは、スクーターも自分名義のものではないし、スクーター購入の際に入らされる強制保険にも入っていないということだ。
家族の誰かのお古のスクーターを自転車感覚で乗り回すようになり、免許証の必要性を感じないまま今日まで過ごしてきたのだろう……ということは想像に難くない。
(もしかするとご家族も無免許で乗っていて「そんなもん必要ない」という認識だったかもしれない。残念なことにそう考えている台湾人は少なくない)
免許証がないということは、法的にも保険的にも保証を享受できない。有事の際には自腹を切って解決しなければならないということだ。
幸い大した怪我はしなかったので仏心で示談にした。
検査費用と治療費用に足る分に、少し気持ち上乗せした金額を受け取った。
青年がこれを機に免許証を重要視してくれていたらいいなと今でも思う。
ところで、つい先月、台湾の免許証の更新をした。
日本を拠点に生活して数年経っていたので放置していたのだけれど、友人に「台湾の免許証は有効期限がなくなったんだよ」と聞かされて、ならばと更新することにした。
果たして免許証には有効期限が記載されていた。
外国籍の場合は例外ということだった。
「時期が来たらやっぱり更新しなくちゃいけないわけね」と少し落胆したのだが、有効期限は民国135年の誕生日。
次の更新時には、私は70過ぎのババアだ。永年有効と同義と解釈しておこうと思う。
—–
中国語:駕駛執照 ㄐㄧㄚˋㄕˇㄓˊㄓㄠˋ(略して「駕照(ㄐㄧㄚˋㄓㄠˋ)」)
日本語:運転免許証