2020年過年と武漢肺炎[3/3]

台湾は暦通り2月3日から仕事始めとなりましたが、学校は二週間延期。その後、最終的に2月いっぱい自宅待機ということになったようです。
中国、香港も二週間ほど遅れての仕事始めとなったようですが、台湾から中国方面への直行便が全てキャンセルとなってしまったので、台湾に帰省していた人達は職場に戻れなくなってしまっています。

私は、当初の予定通り2月10日に台湾から日本に帰国。
中国行きの便が全てキャンセルになっているからか、台湾桃園空港は明らかにいつもより人が少なく、私が乗るタイガーエアのチェックインカウンターには、搭乗時間のちょうど2時間前だというのに全く行列ができていませんでした。

医療、観光関係者以外の一般人が、台湾国内で感染する確率はそれほど高くありません。
SARSの時もそうでしたが、市井の感染者は中国からの渡航者と直接接触があった人がほとんどです。
とはいえ、不要な外出は控える傾向が強いようです。
飲食店を経営している友人も「武漢肺炎のせいで客足が落ちた」と言っていました。

私の場合、感染する可能性がある場所として一番気をつけなければならないのは空港、飛行機内であろうと思ったので、いつもより慎重に過ごしました。

10日夜に日本の実家に到着後は、キャリーバッグを運び込んですぐベランダへ行き上着を脱いではたき、その日着ていた服を全て直接洗濯機に放り込んで、浴室へ直行しました。
それからは24時間マスクを着用。潜伏期間と言われる14日間を自宅で過ごす予定です。

SARSのときのこと。
SARSと診断された人が住むアパートとその周辺が隔離対象エリアになり、住人達の行動が制限されているという取材の中で、1人のおばさんがトコトコと歩いてやってきて報道陣の前の通り過ぎて行きそうになりました。
  カメラマンA:「おばさん!外出しちゃダメだって!」
  おばさん:「ちょっとそこまでタバコ買いに行くだけよ」
  カメラマンB:「ちょっとの外出もダメなんだってば!!」
  おばさん:「ほんとにちょっとそこまでなのよ」
としばらく押し問答。
二次感染予防のための措置だから、元気な人は全然元気で、おばさんはしぶしぶ引き返していったけれど……
私、いま、そのおばさんの気持ちが痛いほどよくわかります……(汗

 
「自分だけは大丈夫」
多くの中国人がそう思って家族に会いに帰省し、海外へ旅行に行ったことでしょう。

日本人は仕事を休まない、休みを取ろうとしないと言われているけれど、祝日が多く設定されていて、長期休暇が得られる環境が整えられています。
いっぽう中華圏は公的な祝日が少なく、長期休暇は旧正月までお預けという場合も少なくありません。
あと少し頑張れば、待ちに待ったボーナスと長期休暇……
楽しみにしていた海外旅行が待っている……
もしかしたら半年、場合によっては一年も前から予約していた可能性もあります。
旧正月期間の航空チケットは非常に確保しづらいことを私も経験上知っています。
新型肺炎?心配だけど、地元じゃないし。航空券はもう買ってあるし、いまキャンセルしても返金されないし。
自分だけは大丈夫なはず……
かく言う私も、1月21日の飛行機に予定通り搭乗しています。

結果的に中国から全世界にウィルスを拡散することになってしまったけれど……
離れて住む家族に会いに……楽しみにしていた海外旅行に……という気持ちを、私は全否定する気にはなれないのです。

子供達にも、この二週間は家に友達を招かないように、家に着いたらすぐうがい手洗い、学校に着いたらすぐうがい手洗いするように指示しています。(もちろんマスク着用も)
中学校からのプリントに武漢肺炎に関するものがあったので、私の状況を一応報告しておいた方がよいと思い、子供の生徒手帳に「台湾から戻って自主隔離中。子供達にも手洗いうがいをするよう指示しています」と書いて提出させたところ、担任の反応は果たして「……ん?」だったそう。

「自分だけは大丈夫」
多くの日本人がそう思って、「中国に行っていたわけじゃないから」と帰国してすぐに普通の生活に戻っていることでしょう。

 
「自分だけは大丈夫」が危険を招く可能性があることを自覚しているか。
誰かのせいにすることで「何もしないこと」を選択していないか。

私の大切な子供達に、友人に、そしてみなさんに何かが伝わることを期待して、不便を承知で自主隔離を実践しています。

 
 
SARS当時の台湾についてご興味のある方は、こちらもご参照くださいませ。
SARSのとき01〜始まりは大混乱
SARSのとき02〜「渡航自粛」という言葉に翻弄される
SARSのとき03〜英霊として忠烈祠に
SARSのとき04〜自主隔離生活をする

 
 
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